「おせーず!ばーか!」との御意見がありましたので軽くいたしました.

新装開店「虫で遊ぶ」

お品書き

当店では各種メニューをとり揃えて皆様のご来店, 御意見,ご失笑を受け賜わっております.
本日は以下のメニューでございます.
御賞味あれ.(ちゃんと喰えよ)

(旧)開店のご挨拶

様,虫は好きですか?

わたしはだれになんと言われようとすきです. 「23歳にもなってなーにやっとんじゃ」と言われそうですが, 道端に大きな石があればハサミムシがいやせんか? とか考えながら石をひっくりかえしている毎日です.

当然同じ趣味の人間なぞいるわけもなく, カマキリを家の中で放し飼いにしていたのをすっかり忘れて 彼女を呼べば貧血おこしそうになってるし, あまり良いことがないわけではない!

その面白さはNo.1をデータの物真似とすれば, No.4ぐらいに面白く, さらに麻雀をNo.1とすればNo.5ぐらいに面白いのである!

しかし,ただ眺めているだけでは 全くもってつまらんのです また動物愛護団体等の反論は全く無視したいと思いますので そこのところよろしくおねがいいたします.

(注1)現在25+1歳です.( masa の指摘による.自称21歳)


(新)開店のご挨拶 ---私は蚊を殺す---

様,虫は好きですか?

本来「生物」とは生きとし生けるもの全てを対象とする単語であった. すなわち我々人間も生物の一対象に過ぎない. しかし人間は,共通の言語を持たない生物に対しては 異なる対象とみなす傾向があり, 「虫」に対するそれはご承知の通りである. また,その異なる対象を常に敵対する物と見なし, 攻撃し続ける欲望が我々にはある. 当然これは非理論的な場合もあり, 人種間における無意味な闘争の歴史があることもその一例である. 更に形態的に異なる生物に対しても,その排他的思考は適用されている. 「白人」「黒人」と呼ぶのもまたその一例である. そもそも言語とは,対象を分け隔てるために存在しているのだ.

「虫」.いったい我々は他の多くの対象から如何なる特徴の違いを受容して, それらを「虫」と命名したのであろうか. 視覚であろうか?聴覚であろうか? 「虫」に嫌悪感を抱く人間は,それの何を受容してきたのであろうか.

一つの答えが言語である. 彼等の言語が理解できない人間は多くの場合「虫」に嫌悪感を抱く. しかし私は彼等の言語がある程度理解できる. 彼等の言わんとしていることが理解できる. よって彼等を一般生活においては敵とは見なさない. 秋の空を滑空している とんぼ の目を見れば彼等の訴えが理解できる.

「話せばわかる」という文章がある. すなわち物理的攻撃をしなくとも対象の内的発散を受理できるという意味である.

しかし.「話てもわからん奴はどうしようもない」というのも事実である. その場合物理的攻撃しか残された道はない. "二回" 同じことを言ってもわからんやつはブッ叩け! 体罰 OK ! わからんガキは体で覚えこませなきゃ何処で覚えると言うのだ. ただし体で覚えさせた後は脳味噌にも焼き付けなければならない.

よって私は蚊はメスに限り殺す.

You are th visitor. Thank you ! and Handaya is very nice !